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世田谷寺町の春

一段と寒いと言われた冬から急に4月・5月並みの暖かさが続いたせいか、花も例年より早く咲き始めました。
世田谷烏山の寺町の桜も今が盛りです。

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by jopparit | 2013-03-25 23:40 | Comments(0)

野川の春

国分市を源として流れる野川を世田谷の柴崎から深大寺まで遡って春の風情を訪ねました。
両岸の桜はまだ満開とまではいかないものの結構目を楽しませてくれました。
ところどころで弁当を広げ食事や酒を酌み交わしながら団らんしているのも微笑ましい風情でした。
川には「鴨が餌をあさり」川辺には「シラサギ?」が憩い草花が春を告げていました。

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by jopparit | 2013-03-24 07:29 | Comments(0)

春がきました

世田谷の烏山にも春が来ました
お寺さんに!住宅団地に!そして大空に!

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by jopparit | 2013-03-16 16:31 | Comments(0)

神奈川県山田の「カワズ桜」

カワズ桜が満開で見ごろだというので、急遽予定を変更して松田山に出かけました。
小田急線で成城学園駅から新松田駅まで1時間有余、駅前からタクシーで山頂まで。
車を降りると青空にくっきり浮かぶ富士山が展開され息を呑む思いでした。
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遠くには相模湾が望まれ、山腹には淡いピンク色のカワズ桜、木の下には黄色の菜の花が咲き競い春いっぱいの趣でした。
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by jopparit | 2013-03-12 19:00 | Comments(3)

高尾山の「火渡り祭り」

高尾山の火渡り祭に行ってきました。
高尾山の苦行の一つで火の中を歩く修行です。
世界平和、息災延命、災厄消除、交通安全、身上安全等を祈念するもので、これを修行する行者は、心身修練の功を積んだ高尾山の山伏です。
当日参拝のご信徒並びに有縁の方々も、この行事に参加し本尊の無量の法益に浴することができす。
また。火渡りをする人は、更にその身の災厄を祓う功徳もいただけるとのことです。
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by jopparit | 2013-03-10 13:00 | 四季 | Comments(0)

世田谷区烏山寺町の春

関東大震災で被災して移転してきたお寺を中心に約26余のお寺が軒を連ねている静かな佇まいの烏山寺町にもようやく春がきました。
ここには俳人「宝井其角」の墓ある通称「蕎麦寺」、喜多川歌麿の墓のある「専光寺」カモの飛来する「高源院」など数々の古刹があり歴史を漂わせています。

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by jopparit | 2013-03-09 19:45 | Comments(1)

神奈川県の「小田原城」です

神奈川県の小田原城を訪れました。
豊臣秀吉軍に対抗するために築城された北条氏のお城です。
豊臣軍も攻めあぐね長い間城を取り囲み北条軍の弱るのを待って落城させました。
城は地震などで崩壊しましたが、昭和に入り25年に再興されました。
高さ60メートルの最上階からは相模湾が一望のもとに望まれ、晴れている日には房総半島
まで望まれるそうです。


庭では、若い男女が当時の衣装で戯れていました
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by jopparit | 2013-03-05 23:36 | 日記 | Comments(0)

深大寺の「だるま市」です

3月3日・4日、「深大寺元三大師大祭 だるま市」が開かれました。
この祭りは、静岡県富士市の毘沙門天(びしゃもんてん)大祭、群馬県高崎市の少林山と並ぶ「日本三大だるま市」の一つで、「春を呼ぶだるま市」として江戸時代から続いているのだそうです。
 境内には多数のだるま店が軒を連ね、参道には100軒以上の屋台が並んでいました。
また、だるまを買った人は、左目に心願成就を祈願して「阿吽(あうん)」の「阿」の梵字(ぼんじ)を僧侶に書き入れてもらっていました。

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by jopparit | 2013-03-04 21:20 | | Comments(0)

神奈川県「曽我の梅林」です

神奈川県の「曽我の梅林」が満開だとのことで出かけました。
小田急線の「成城学園」から「新松田駅」まで、道路を挟んだ向かい側のJR御殿場線に乗り換えて、下曽我駅で下車。20分ほど歩いて現場に到着しました。
平地の田んぼのなかに開かれた梅林は丁度満開で多くの観梅客で賑わっていました。
梅は今から約600年以上も昔、北条氏の時代に梅の実を兵糧用にするため、梅の木が植えられ、江戸時代には、小田原藩主が梅の栽培を奨励し急速に増えた。
さらに、箱根越えの拠点としての宿場町として、旅人の必需品(弁当の防腐、のどの渇きを癒す、健康食品)としても梅干が重宝されたと解説されていました。
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約35000本といわれる梅は食用の梅を作ることを目的としているせいか、殆どが白梅で占められていました。
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木の下では弁当をひろげていました。
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by jopparit | 2013-03-02 22:42 | 四季 | Comments(0)
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by jopparit
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