<   2015年 07月 ( 13 )   > この月の画像一覧


ドナウ川の船旅(終わり)

ドイツの「パッソウ」で下船しました。
これでいろいろの国を巡り、いろいろの歴史や文化や自然の風景を訪ねた
ドナウ川の13日間の船旅は終わりです。親しくなった船員の方々ともお別れです。抱き合ったり握手をしたりして別れを惜しみました。

ヴィヴァルディ号 2009年製造 1985トン 全長:110メートル 全幅:11,4メートル 定員:180人

e0020957_12551676.jpg

スタッフ一同の皆さんです

e0020957_13124696.jpg

船の中では、催し物を開き旅の疲れを癒してくれました。
ブルガリアの民族舞踊です
e0020957_1301482.jpg

船員によるナプキンの折り方教室です
e0020957_134846.jpg

船員のかくし芸大会です
e0020957_1354751.jpg

私たち皆さんの指導により「折り紙教室」も開きました。
東洋の文化に興味をそそられたのか多くの外国の皆さんが参加しました。

e0020957_13135812.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-29 12:49 | | Comments(0)

ドナウ川の船旅(ドイツ パッソウ)

パッソウの街はドイツとオーストリーとの国境の街で、ドナウ・イン・イルツの3つの川の合流点で、司教座の置かれた街として発展しました。17世紀の大火のあと、バロックの街並みとして整備されました。
高台の要塞跡から眺められた、パッソウの街並み、ドナウ・イン川の眺めは中世の世界に溶け込む思いでした。

e0020957_784771.jpg

世界最大のパイプオルガンを有する大聖堂はバロック様式の見事なものでした。
e0020957_792468.jpg

e0020957_710117.jpg

e0020957_7134192.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-29 07:06 | | Comments(0)

ドナウ川の船旅(ドイツ メルク修道院)

メルク修道院
華麗なバロック様式の建物です。
10世紀にバーンベルグ家が築いた城でその後べネディック修道院に寄贈され、火災後、1702年に現在のバロック様式の建物になりました。マリアテレジア、も3度滞在したことがあるといわれています

e0020957_21352215.jpg

e0020957_21454989.jpg

e0020957_21355961.jpg

e0020957_21362610.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-28 21:31 | | Comments(0)

ドナウ川の船旅(オーストリア ウイーン)

シュテファン大聖堂です
オーストリアの首都ウィーンにあるゴシック様式の大聖堂。ウィーン大司教区の司教座聖堂です
オーストリア公ルドルフ4世の命によって建造されたこの聖堂は、1359年に65年がかりで南塔が完成。107メートルの高さを持ち、教会の塔としてはウルム大聖堂(161メートル)、ケルン大聖堂(157メートル)についで世界で3番目の高さがあります。

e0020957_10221021.jpg

e0020957_1017985.jpg

e0020957_10174133.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-27 10:18 | Comments(0)

ドナウ川の船旅(ハンガリー・ブタベスト)

「ドナウ川の真珠」と称せられるブタペストに来ました。
ブタペストはドナウ川を挟んで王宮のある西側はブタ地区、東側がペスト地区に分かれ、13世紀以来、ハンガリー王国の首都として、また、その後のオスマントルコ、ハプスブルク家の支配時代も栄えた街です。
ペスト地区にある国会議事堂です。
17年の歳月をかけ1902年に完成したネオゴシック様式の建物で豪華絢爛なものです。約600もの部屋のある内部は、バロック様式の豪華な内装でした。

e0020957_12463229.jpg

e0020957_1247125.jpg

ブタ地区にあるマーチャシュ教会です
教会は、13世紀半ばベーラ4世の命により築かれました。
教会はジョラルナ製のタイルで屋根が葺かれ、壁一面に描かれた独特の色使いと紋様が移植情緒を漂わせていました。

e0020957_12482487.jpg

e0020957_12485975.jpg

ペスト地区の聖イシュートバーン大聖堂です
ハンガリー初代国王でキリスト教を受け入れ、聖人にも列せられたイシュートバーンの名前を冠せられた大聖堂は約50年の歳月をかけ1905年に完成されたもので、バロック様式の見事な建物でした。

e0020957_12514567.jpg

e0020957_12522155.jpg

「漁夫の砦」の広場です。砦は中世に魚市場があった場所に建てられ、、ドナウの漁師がこの辺りを守っていたともいわれています。漁夫の砦からドナウ川に沿ってブダペストの街が一望できます。この眺望は格別です

e0020957_12551256.jpg

漁夫の館から望んだブタペストの街です。
e0020957_1257969.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-24 12:38 | | Comments(0)

ドナウ川の船旅(クロアチア ブコバ)

クロアチア内陸部にある「ブコバ」の町です
1991年のクリアチア独立戦争時の最大の激戦地です。1991年夏より約90日にいわたりセルビア軍により包囲され遂にセルビア軍の手に落ちます。内戦の爪痕は今でも残り、戦争のモニュメントとして残された給水塔には激しい爆撃の痕が残りました。

e0020957_20115950.jpg

町の中心地の広場にあるアールヌーボー様式や尖塔が印象的な聖ペテロ・パウロ教会です
e0020957_20135776.jpg

旧市街の広場にはオーストリア・ハプスブルク時代のバロッグ調の建物や、ペスト記念柱がありました
e0020957_1947219.jpg

e0020957_20214899.jpg

オーストリア・ハプスブルク家が対トルコ防衛のために築いた城塞です。
手前の彫刻は、ドイツのユダヤ人虐殺のモニュメントです

e0020957_2017177.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-23 20:04 | Comments(0)

ドナウ川の船旅5(ベルグラード セルビア)

セルビアの首都ベオグラードを訪れました。
ベオグラードはチトーが築いた旧ユーゴスラヴィア社会主義連邦の首都であった街です。1991年以降の各共和国の独立戦争で2006年にユーゴスラヴィアは完全に解体。セルビアは独立し、セルビア国内最大の首都となっています。
丘の上にあるカレメグダン要塞の入り口です。ドナウ川とサヴァ側が交わる交通と軍事上の要塞です。
ベアグラード守備固めのため、古くはケルト人、ローマ人にはじまり、中世セルビア王国歴代の支配者により砦が築かれました。今は市民の憩いの場となっています。
ベアグラードは14世紀以降トルコとの攻防が繰り返された街です

e0020957_13372885.jpg

e0020957_13375158.jpg

未完成の聖サヴァ教会です
聖サヴァは中世セルビア王国の創始者です。聖サヴァはコンスタンチノープル総主教座よりセルビア正教の独立を導いた聖人です。ウイーン包囲に失敗したトルコ軍が聖サヴァの墓を暴き、遺体をここで燃やしたというので、セルビアが独立すると、屈辱のこの地に聖サヴァを祀る教会を建てる計画をたてましたが第二次世界大戦後、共産圏になったためその計画は止まっていました。
ユーゴ崩壊後、本格的に建設がスタートしたが、現在地下のクリプトが完成しだけで内装は未完成の状態でした。

e0020957_1339119.jpg

e0020957_13395897.jpg

完成された地下部分です
e0020957_13412123.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-22 13:34 | | Comments(0)

ドナウ川の船旅4(鉄門渓谷)

ドナウ川の渓谷「鉄門渓谷」です
この付近がオーストリア・ハンガリー帝国とオスマントルコとの国境であった際、ドナウ川に鉄の鎖を渡してそこで航行する船のチェックご行われたことから付けられた名前です。川幅の狭いここはかっては船乗りにとってはドナウ川最大の難所だったが1972年にダムと2つの水門が完成してからは3つの大きな湖が連続する雄大な渓谷になりました。

e0020957_17501371.jpg

川のセルビア側にあるローマ皇帝トラヤヌス皇帝の記念プレートです。
彼は、紀元前2世紀に両側の絶壁を削り軍用道路を完成させました。

e0020957_17515075.jpg

反対側のルーマニア側にあるダギア王・デチアバルの巨大顔面の彫刻です。デチアバルば;迫るローマ軍を撃退したダキアの英雄でルーマニア人の誇りを象徴したものです
e0020957_17541164.jpg

もっとも川幅の狭い150メートルの所にある小さな正教会です
e0020957_1755974.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-21 17:43 | Comments(0)

ドナウ川の船旅3(ブルガリア)

ブルガリアの古都ペリコ・タルノボを訪ねました。12世紀にピザンチン帝国から独立した第二ブルガリア帝国の首都が置かれた古都です。琴欧州はこの近くの村出身です。
町のツァレヴェッ丘は、第二ブルガリア帝国時代には丘全体が宮殿であったのがトルコ軍の攻撃によりすべて廃墟となり、その上に大主教区教会が1980年代に建てられました。
教会には現代画家による前衛的な宗教が描かれていました。

e0020957_19481929.jpg

e0020957_19484462.jpg

職人の町の風情です。トルコ風の石畳の街並みに陶器職人や木彫り・銀細工などの職人のお店が並んでいます。
e0020957_19502380.jpg

銀細工職人です。何を作っているのでしょうか?
e0020957_1952982.jpg

トルコ風の美しい屋敷が残る村(アルバナシ村)の風情です。この町はオスマン帝国時代税制上の特権が与えられたため村は富み栄えたとのことです。

e0020957_19534891.jpg

17世紀の大天使教会では男性聖歌隊による合唱を聞きました。ブルガリア正教の聖歌は声量タップリな見事な歌声でした。

e0020957_1955539.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-19 18:44 | Comments(2)

ドナウ川船旅3(ブカレスト)

ルーマニアの首都ブカレストを訪れました。
旧共産党本部です。この本部のベランダは1989年の民主革命の際、チャウシェスク元大統領が最後に演説を行った場所で民衆のブーイングの後、ヘリコプターで脱出をした場所です。(当時テレビで放映されたのを見たことを思い出しました。)
下部がベランダの拡大図です

e0020957_16265833.jpg

チャウシェスク元大統領が巨額の税金を投じて建設した権力の象徴「国民の館」です。
現在でな国際会議などに使われているとのことです。

e0020957_1628181.jpg

ルーマニア正教の総本山、大主教教会です
ルーマニアでは国民の90%以上がルーマ二ア正教を信仰しております。そのルーマニア正教の総本山がこの教会です。1655年に建てられました

e0020957_16294015.jpg

e0020957_1630969.jpg

[PR]

by jopparit | 2015-07-18 16:23 | Comments(0)
line

日々の雑感を書き留めます


by jopparit
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30