カテゴリ:旅( 134 )


佐渡島の旅

平成30年7月6日から9日まで佐渡島を訪ねてきました。佐渡島は、京都から流罪された文人・政治家などが都の文化を伝えた影響からかさまざまな伝統芸能が受け継がれています。有名なのは能。江戸時代には200を超える能舞台があり、現在も32余りの能舞台が残っているそうです。これは能の大成者である世阿弥が配流された影響であるといわれています。また、古浄瑠璃、文弥人形、のろま人形、説教人形、獅子舞なども代々受け継がれ、現存しています」。 佐渡金山は最盛期には、国内一の金産出量を誇っていましたが、江戸時代の終わりごろから衰退しました。他に、順徳天皇や日蓮ゆかりの寺などの、歴史的な神社仏閣が保存されています。佐渡島には「鬼太鼓」という神事芸能が300年伝わっている。太鼓の音に合わせて鬼の面をつけて舞うそうです。 (ウイクペディア「佐渡島」より)佐渡の風物詩「薪能」を鑑賞する予定でしたが雨のため施設での「能」を鑑賞しました。「通小野小町」を演じていました。
e0020957_21592290.jpg
佐渡の人形芝居です。「国の無形重要文化財」に指定されています。「安寿と厨子王」を演じていました
e0020957_22023330.jpg
「お光の碑」と「経島」経島は日蓮の放免状を携えた弟子・日朗が漂着し お経を読んで一夜を明かした場所。島への遊歩道に佐渡情話の「お光」の碑があります
e0020957_22051688.jpg
宿根木は北前船の寄港地として栄えた町。板壁の家が連なり「国の重要伝統的建造物保存地区」に指定されています
e0020957_22065998.jpg
海鮮料理の数々
e0020957_22102633.jpg
たらい船に乗りました向こうに見える島が「経島」です
e0020957_22283065.jpg
佐渡は学校の同級生が当地の高等学校の校長を勤めた地でもあります。佐渡出身者のため、本名は使わず、「佐渡!佐渡!」と呼んだクラスメートです。ホテルの窓から島を眺め数年前に亡くなった佐渡!を偲び、」共に学んだ楽しかりし若き日を懐古すると共に、世の儚さを感じた旅でもありました。
[PR]

by jopparit | 2018-07-06 22:21 | | Comments(0)

忍野八海バス旅行

仲間とバス旅行をしました。トイレ付きのはとバスで旅程も無理のないゆっくりしたツアーでした。

9時新宿発、富士山の伏流水を水源とする忍野八海を見学し、富士山を見るために作られたと称するホテルで昼食。富士山は雲に覆われ眺めることはできませんでしたが、山中市が俯瞰されました。

次いで河口湖に建てられた横断橋を渡り、河口湖ハーブ園を訪ねました。

雲の合間から望まれた富士山が絶景でした。

最後に30分食べ放題のサクランボ狩りに興じて帰宅しました。

e0020957_18163406.jpg
e0020957_18173746.jpg
e0020957_18181321.jpg
e0020957_18183736.jpg
e0020957_18190052.jpg
e0020957_18192215.jpg
e0020957_16513088.jpg

[PR]

by jopparit | 2018-06-21 18:13 | | Comments(0)

長崎黒崎教会

ド・ロ神父の指導で敷地が造成され、1899年から建設計画が進行、1920年に完成しました。遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会です。聖堂は信徒が奉仕と犠牲の結晶として一つひとつ積み上げたレンガで造られています。煉瓦造、平屋、桟瓦葺(さんかわらぶき)の簡素な構成が煉瓦の美しさを際立たせており、深い奥行を持つ内部はリブ・ヴォールト天井と呼ばれ、ステンドグラスが印象的です
e0020957_15181408.jpg
e0020957_15190235.jpg
遠藤周作文学館です
e0020957_15255043.jpg

[PR]

by jopparit | 2017-11-20 15:26 | | Comments(0)

外海地区の出津教会

貧しく辺鄙な「陸の孤島」とも呼ばれる「外海地区」は幕府の取り締まりは緩く信徒も多くいました。カトリック教徒約2900人に上るといわれています。
1879年この地に一人のフランス人の神父が赴任してきました。神父は、海難や病気などで夫や息子など働き手を失った妻や母、仕事を持たない人のために教会を建てるとともに授産所などを設けて生活に困窮した人々を救済したとのことです。教会は神父が私財を投じて建設したもので、信徒たちに誇りを与え、心のよりどころとなっています。
e0020957_15323926.jpg
ド・ロ神父像です
e0020957_15341180.jpg

[PR]

by jopparit | 2017-11-13 15:27 | | Comments(0)

大野教会

マルク・マリー・ド・ロ神父の設計と指導で大野地区の26戸の信者により建てられた、平屋建て、瓦葺きの教会で外壁は泥で作られています。教会のある大野地区は徳川幕府の禁教下、潜伏キリシタンが自らの信仰を密かに重ねていた集落です。教会の庭には聖母マリア像が立ち、そこから角力灘や東シナ海を望み、五島列島が遠望できます。

e0020957_08354901.jpg
e0020957_08362864.jpg
e0020957_08370431.jpg
e0020957_14125644.jpg

[PR]

by jopparit | 2017-11-13 12:33 | | Comments(0)

お寺と教会


お寺から遠くザビエル教会の尖塔が望まれます。
e0020957_10180578.jpg

[PR]

by jopparit | 2017-11-13 10:12 | | Comments(0)

長崎・平戸旅行


JR九州の特別列車「或る列車」に乗り、鎖国時代に禁制とされた「キリスト教」が辿った歴史を長崎・平戸に訪ねてきました。1906年「或る列車」は明治49年(1906年)、当時の九州鉄道株式会社が米国に発注した、当時の日本で最も豪華な客車をイメージし、現代風に甦らせた列車です。九州の旬の素材を生かした和風のデザインの豪華列車です。食事もワールドクラスのシェフによる料理でした。
e0020957_17264084.jpg
デザートの材料「仏手柑」を見せてくれました。
e0020957_17280058.jpg


e0020957_17294969.jpg

[PR]

by jopparit | 2017-11-13 08:12 | | Comments(0)

ウラジオストックの旅

第一次世界大戦中に起こったロシア共産革命に対する干渉作戦として、日本軍が1918年から1922年まで出兵したウラジオストックに、当時の歴史を訪ねたいと34日の旅に出かけました。

ウラジオストックは極東の軍港として長く閉鎖された町でしたが、ソ連崩壊後は、閉鎖都市指定が解除され一般に開放されました。20129月にはルースキー島でロシアAPECが開催され、首脳会議の会場となった町です。

ロシア政府はAPEC開催に備える形で、ルースキー島連絡橋の建設やウラジオストク国際空港の改修を行うなど、大規模な開発が進められております。

2012年に完成した「金角湾黄金橋」です

e0020957_22050402.jpg

ニコライ皇太子凱旋門1891年ニコライ皇太子(後のニコライ二世)が日本を訪問(大津事件あり)して、シベリア鉄道起工式のためウラジオストックを訪れた際に記念碑として建設されました。この凱旋門は1920年にソビエト政権により破壊されたが、ソ連崩壊により2002年に再建さ。れました。
e0020957_22070935.jpg
第二次世界大戦の戦没者慰霊碑です
e0020957_22094124.jpg
無名要塞と言われている要塞です。山の上に構築され湾に向かって砲台が据え付けられていました。
e0020957_22012847.jpg
横浜正金銀行の建物で今は博物館となっています。一階には見慣れた「金庫」が置かれていました。また、町には「二葉亭四迷」が滞在したところ、日本の商店・日本人小学校・日本総領事館・本願寺跡などなど日本に関係のあった遺跡が散在していました。(往時の面影のみられないものもありました)
e0020957_22170071.jpg
学校の校庭には「与謝野晶子」の碑や仏像がありました
e0020957_22190110.jpg
第一次世界大戦中に活躍した日赤の看護婦さんたちです。ここを経由して欧州に向かったそうです・
e0020957_22215548.jpg
ウラジオストックの駅舎です1912年に建設されたネオロシア様式の駅舎です・
e0020957_22240984.jpg
シベリア鉄道の起点標識です。ウラジオストックからモスクワまで9288キロ(5泊6日の列車の旅)です。「与謝野晶子」はこのからシベリア鉄道に乗り「鉄幹」の後を追ったのでした。
e0020957_22264138.jpg

[PR]

by jopparit | 2017-07-29 22:02 | | Comments(2)

ドバイ・アラビア湾岸クルーズ


船ではクルーズ中、様々な演芸を催し、旅の疲れを癒してくれました。
サーカス・手品・ダンスなどなどですが、その一部です。


[PR]

by jopparit | 2017-01-26 10:04 | | Comments(0)

アラビア湾岸クルーズ(マスカット)

23日は終日航海 ペルシャ湾とオーマン湾の間のホルムズ海峡を通りマスカットに向かいました。24日オマーンのマスカットに到着。

オマーンは古い良きアラブの雰囲気の残る町です。

港に接岸できないためテンダーボートに乗り換えて上陸しました。

e0020957_20184168.jpg

スルタン・カプース・グランド・モスクです。

インドから持ってきた砂岩やオマーンの大理石、さらにはイタリアのカッラッラーの大理石、ミャンマーの木材で作られた様々な文化やデザインが融合したモスクです。イスラム教を世界に伝えるために作られたモスクです。

e0020957_20212229.jpg

e0020957_20215087.jpg

入場時間に間に合わず中には入れませんでした。
モスクを観光後
カプース国王の王宮で写真ストップをしました。
現在の国王は保守的な父の政治に反対し、クーデターで政権を奪取し教育、医療を最優先的事項として力を注ぎ国民から愛されているとのことです。


e0020957_21341695.jpg





[PR]

by jopparit | 2017-01-24 20:09 | | Comments(0)
line

日々の雑感を書き留めます


by jopparit
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31